出来事

タケノコ

2017.04.17

夕飯のジャージャー麺の材料を採りに裏山へ。

里山に住むとタケノコなんかは余るほど採れそうなものだが、そんなに簡単でもない。

タケノコが欲しければ、うちの周りにいる獣たちとの食材獲得競争に参加しなければならない。

今回も、ほど良い大きさのタケノコはほとんどイノシシのご飯となっていた。

彼等の食べ残した数本のタケノコをわけていただく感覚。

穏やかで心地よい季節。じっくり作品作れる喜びに浸る。

 

2017.04.12

長野、ギャラリー忘我亭さんへの作品発送が間近に迫っている。

つい一週間前くらいからインスタグラムなるものを始めた。

老化の一途をたどる自分の脳からしたら「勘弁してくれよ」だろう。
軽やかに投稿する周りの人を見るとすげーなと感心してしまう。

気恥ずかしさの権化のようなシステムに面食らう日々。

作ることが楽しいだけでは生きてはいけない。
人に見てもらうこと、使ってもらうこと。
時代は変わっていくのだ、もつれる足でついていこう。

2017.04.08

東京滞在中ぶらっと遊びに行った友達のコーヒー屋さん。

葛飾区にあるアオトコーヒー。

お店をオープンしたときにコーヒーカップをオリジナルで作らせてもらった。

作ったときはなんとなく心配だった形や釉薬。
久しぶりに再会すると釉薬といい、持ち手といいなかなか良く出来ている。

知らないお店にぶらっと立ち寄り、窓際に美しい花入があって、

それが自分の作品だったときの喜びは何度か経験したことがある。

作品というのは自分の手の中にあるときはどうも府に落ちないことが多いのに、

旅立つときちんと自立するものなのかもしれない。

うまくならないようにいいものを作っていたいものだ。

2017.04.05

東京最終日。
いろいろと考えさせられる滞在だった。
いつになったら揺れることなく、慌てることなく歩けるのだろうかと。

お百姓さんのように作れたらと逃避しながら、現実はあれもこれも欲しがり、

本来の立ち位置を見失っていく。
まあ、それも自分なのだろう。

日々の出来事にどこまで責任が持てるだろうか。
ひとたび漕ぎ出せば果てしない欲の海。
願わくは渾身の一漕ぎを。

無垢里

2017.04.03

代官山、無垢里での個展2日目。
民家をリノベーションしたギャラリーは居心地がとてもよい。

近くには蔦屋が本をどっさり用意して待ってくれてもいる。

今回は注ぐ器、急須やコーヒーポットなどをあれこれ持ってきた。

何年やっても遅々として上達しない制作を振り返りながら在廊している。
それでも、怪我をしてから自己肯定感の低い時間が続いていたので、久しぶりの東京は気分転換になる。

東京は桜が見頃を迎えている。昼ご飯がてらぶらっと散歩してくるか。
会期は4月5日まで。お近くに来られたら是非。

2016.12.04

img_3571

緊張しながらの展覧会は初日が無事に終わった。
たくさんの人が来てくれてありがたいかぎりである。

ずいぶん久しぶりに会う友達や知り合いも来てくれた。
花入や盛り鉢は、最近はまって作ってきたもの。
来てくれた人が手にとり、さてどんな花や料理を入れてみようかと思案する姿はなんとも嬉しい。
この展覧会が終わると慌ただしい師走が加速するのだろう。

一年を振り返るにはまだ早い、もう少し土いじりを楽しもうか。